「本当に、私、富士山にいるんですね」。中年女性はそう言いながら、うっすらと涙を浮かべた。2025年8月6日午前9時24分ごろのことだ。女性は富士山・吉田口の頂上に立った。青空と湧き上がる白い雲がいっぱいに広がっていた。
女性は「まいたび(毎日新聞旅行)」が主催する「安心安全富士登山教室」の参加者だ。3月のステップ1・弘法山(235㍍、神奈川県)から歩き始め、徐々に高度を上げて夏には、ステップ7・富士山に挑戦した。今回は参加した12人全員が、山頂の土を踏むことができた。
7日のご来光は幻想的なものとなった
一行が登り始めたのは、5日午前11時45分。山梨県側のスバルライン5合目に集まった参加者を前に、渡辺四季穂・登山ガイドが「山頂に行くぞ」と気合を入れた。皆もこぶしを突き上げて「オーッ」と応じた。遠くに山中湖や河口湖を見ながら6合目まで歩みを進めた。ここで多くの人々が登山用ヘルメットを装着した。
山梨県などが噴火や転落に備え、ヘルメット持参を推奨している。下山道との合流地点を過ぎると傾斜が増してきた。
「小股で歩いて」「息が上がりそうな時は、息を吐いてください」。
渡辺ガイドが相次いで声をかけた。
ホタルブクロの花
午後3時半過ぎ、7合目の山小屋・日の出館に到着した。従業員のパフォーマー・きなこさんがけん玉の妙技を披露して、一行を歓迎してくれた。きなこさんは紅白歌合戦にも出場したことがあるという。夜には河口湖の花火大会が遠望できた。
翌日は午前4時半過ぎに出立した。
8月6日のご来光(山中湖が見える)
急な斜面や石段をゆっくりと歩く。渡辺ガイドは参加者に呼吸を意識してもらうために、「フーッ、フーッ」と息を吐きだす音を強調しながら歩いた。参加者は「渡辺ガイドの息のおかげで、私も吐く息を意識できた」と語った。岩場に差し掛かると「足元を安定させてから、一歩を踏み込んで」「一歩一歩ゆっくり」と声をかけ続けた。午前8時45分ごろ、標高3200メートルの山小屋・白雲荘に到着した。ここで登頂に必要のない荷物を預けて、再び歩き始めた。
小石が多く、滑りやすい道では、「ざれざれしてますよ。足スタンプでギュ(と踏みしめ)ですよ」とアドバイスを送った。9合目の休憩で、渡辺ガイドが「もうすぐ山頂です」「行くぞっ」と声をかけると、一行も「オーッ」と応じた。
そして、20数分後に山頂に到達した。「やっと立てました」と涙する女性。「うれしいけど、疲れた」と漏らす人も。80歳の女性は「ステップ1の時はどうなるかと心配だった。
しかし、この年齢で富士山に立てました。私一人ではできなかった。みんなに支えてもらいました」と喜びを語った。また、一部の参加者は最高峰の剣が峰を経由して、山頂一周の「お鉢回り」を楽しんだ。
最高峰・剣ケ峰に挑む
この一行が白雲荘に戻ったのは午後4時。12時間もの長丁場となったが、全員が元気に宿に戻ることができた。
全員が登頂しての記念撮影。笑顔がまぶしい
【山岳ライター&登山ガイド、元毎日新聞社会部記者・小野博宣】