奥多摩の山中を、日の出山(902㍍、東京都)に向かって歩いていた。うっそうとした樹林が広がる。左手の巨木の根本付近で何かが動いた。「熊か」。緊張が走った。が、振り向いた動物の顔を見て、ニホンカモシカとわかった。「奥多摩にいるのか」と驚きつつ、カメラのシャッターを切った。私の後には、「まいたび(毎日新聞旅行)」のツアー参加者が続いていた。私が「ニホンカモシカがいます」と伝えると、皆もスマートフォンを取り出し、映し始めた。奥多摩という比較的人里に近い山で、特別天然記念物に出合う。それが山歩きというスポーツの面白さのひとつだろう。ニホンカモシカは、じっと私たちを見つめた後、深い森に消えた。
ニホンカモシカがいた
ニホンカモシカと遭遇した人々は、初心者向け登山教室「安心安全富士登山2025」の参加者たちだ。3月から低山に登り始め、毎月の登山で徐々に高度を上げて、夏の富士山登頂を目指している。
5月10日に行われたこの登山は、ステップ4として実施された。一行は午前9時過ぎにJR武蔵五日市駅を出発した。日の出山までの道のりは長い。登山地図には同駅から山頂まで約4時間と記されている。急登は少ないものの、だらだらと登り続けることになる。また、朝まで降っていた雨のせいか、湿度が高くなっていた。
石井啓太・登山ガイドは「暑い人は帽子を取って」と声をかけた。崖地を通過する際には、「山側に(トレッキング)ポールを持ち換えてください。谷側に突くと落ちてしまうことがあります」と注意喚起した。
行程を説明する小林ガイド シャガの群落を歩く石井ガイドら
午後2時45分、石井ガイド率いる11人が山頂に到達した。「やっと着いた~」と皆が安どの表情だ。ほどなくして小林将幸ガイド率いる11人も到着した。すると、曇り空が割れて、太陽の日差しが降り注いだ。「日が出た。うれしい」と女性参加者が喜びの声を上げた。
日の出山の山頂
休憩の後、相次いで下山を開始した。小林ガイドが「濡れた根っこに乗らないように」「木の階段は滑りやすくなっています。注意して」と話し続けた。
午後5時過ぎ、駅に向かうバス停に到着した。ここで山の旅は終わりとなった。バスを待つ人もいれば、隣接した温泉施設に向かう人もいた。女性参加者は「今日は長く歩くことができた。富士山に登る自信につなげたい」と語ってくれた。 鮮やかなシャクナゲの花
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ・小野博宣】
●筆者プロフィール●
1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。
2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日ハイキングクラブ」前会長