晴れわたった青空に、白い雲がひとつ、ふたつと浮かんでいた。山岳気象予報士の猪熊隆之さんは「いま見える雲は積雲です」と話し、「積雲は(空の)低いところにできます」と付け加えた。2025年1月26日、神奈川県二宮町の吾妻山(136㍍)の山頂付近には、猪熊さんのほか「雲見ハイキング」(主催・まいたび)の参加者14人の姿があった。太平洋を見下ろす山頂は公園として整備され、黄色い菜の花が咲き乱れていた。白雪をまとった富士山とのコントラストが美しい。子供たちの喚声が響く中、「今日はとても乾燥しています」「湿った空気が流れてくるのを、丹沢(山地)がさえぎっています」と、丹沢方面を手で示した。人々もうなずきながら山々を見つめた。
吾妻山山頂で解説する猪熊さん(左)
スイセンの花を見ながら登る
昼食後も解説は続いた。「(海辺で)天気を見るコツとして、海の方角を見ます」「海からは湿った空気が(陸地に)入ります」と猪熊さんは海原を指さした。さらに「低気圧が近づくと西の方から天気が崩れます。そのため西の空を見ます。これは全国どこの場所でも共通です」「薄雲が広がると天気が崩れる一歩ですね」などと語った。白い積雲を見つめて、「今日(の天気)は大丈夫そうですね。(悪天候をもたらす)危ない雲は(雲の下が)黒くて、上は真っ白でもこもこしています」と話した。この後、机上講座のため付近の施設に向かった。
吾妻山山頂
積雲が青空に浮かぶ 広々とした吾妻山の山頂付近
講座ではスライドを使い、気象遭難を防ぐ方法などを解説した。気象遭難は、天候の急変などにより発生する。猪熊さんは「気象遭難には4つのリスクがあります」と言い、低体温症▽落雷▽沢の増水▽突風による転滑落を挙げた。「気象遭難は重大事故につながります」と警鐘を鳴らした。では、防ぐためにどうすればよいのか。猪熊さんは「天候と登る山のリスクを事前に確認しておくことです。または(荒天なら)別の日に(登山を)すること」と付け加えた。だが、「気象遭難はなくならない」とも。その点について「最近の気象遭難は天気に関係がない」と声を落とした。「『天気が悪い』と注意されても、『大丈夫だ』と出かけてしまう。天気が崩れ始めているのに山に行ってしまう。危険なことが分かっていない」と指摘した。そうした事故の当事者にならないためにも、観天望気(かんてんぼうき)や天気図の読み方を学ぶ必要がある、と力説する。
気象遭難について講義する
「昔は、天気予報はありませんでしたね。人々は五感を使って天気を予想していました。それが観天望気です」と猪熊さん。「重要なのは、雲と風の動きの変化を読み取ることです」と言う。天気図の読み取り方も伝えた。「天気図で皆さんが見なければいけないのは等圧線です」「線と線の間隔を見て、東京と名古屋の距離より狭ければ、風速15㍍の風が吹く可能性があります」「風速15㍍の風は男性でもよろめいてしまいます」と具体的だ。参加者はうなずきながらメモを取った。
また、10種類の雲の成り立ちなどにも触れた。「危険をもたらす雲があります。レンズ雲と笠雲などです。風が強い時に現れます」「乱という字が付く雲が2つあります。積乱雲と乱層雲です。乱と付く雲は雨をもたらします」「積乱雲の寿命は短いが、同じ場所で次々に発生し雨をもたらします。それが災害になります」などと解説した。男性参加者は「天気図を読むことの大切さを学びました。これからも勉強をしたい」と話してくれた。
富士山と菜の花
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ・小野博宣】
●筆者プロフィール●
1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。
2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日ハイキングクラブ」前会長