添乗員ツアーレポート◆インカトレイルトレッキング 添乗記



 世界でも最も人気のある世界遺産のひとつ、『マチュピチュ遺跡』。そのマチュピチュ遺跡までのインカ道を3泊4日のテント泊で標高3000mから4000mの峠を越え、 古代のインカ人が創り上げた高い文明や思想、技術に触れながら一歩一歩わたしたちも歩き辿りました。神秘、まさに神秘に覆われた謎の古代文明を目前に見て肌で感じ、感嘆し、ため息の連続でした。


 
 日本からはちょうど地球の裏側にあるペルーの首都リマに到着。ガイドさんの案内で美しい世界遺産のアルマス広場やカテドラルやラルコエル博物館を見学。 ここで2000年前から続くナスカなどさまざまな文明(プレ インカ)と、13世紀頃からのインカ帝国、そしてスペインに滅ぼされる1500年代までの短く儚い歴史について予習です。 遺跡群や建築に残るアンデスとスペイン色の融合は、人種やさまざまな民族間で繰り返される歴史の悲哀、運命、定めのようなものを感じさせます。 好奇心旺盛なわたしたちの心は早くもこの国の歴史に吸い込まれそうになり心は悠久の彼方へ…。

文字の代わりにされたといわれるキープ



 3日目は、リマから国内線で標高3400mのクスコへ。古代インカ文明の中心都市です。乾燥した空気、赤茶けたクスコの美しい古い街並み、通りを行き交う民族衣装の人たちに目を奪われながら、私たちも彼らの歴史の一端に立ちます。 クスコを見学後、専用車でさらに、『聖なる谷』の中にあるウルバンバへと向かいます。いくつかの遺跡を見ながら、そこに暮らした人々、そして最後には消されてしまった彼らの運命に思いを馳せます。


 ペルー到着後5日目からいよいよトレッキングに入ります。このときのトレッキングのガイドは生粋のアンデス・ケチュア語のロジャー。テント3泊ですが、私たちが背負うのは日帰り荷物分で、あとは心強い現地のポーターさんたちにお任せです。 総勢20名ほどの現地のガイド、ポーターなどのスタッフ陣は、一足先に歩いてテントや食事用のタープの設営、そしておいしい食事の準備をしてくれます。昼食用にもちゃんとテントを張り、食事を作り撤収。また夜の宿泊用に次の場所に設営と本当に手際よく頭の下がる働きをしてくれます!

オリィタイタンボの石組み

マラス塩田



 1911年にアメリカ人のハイラム・ビンガムがマチュピチュ遺跡を見つけるまで、この道(インカ道)も深い山脈の中に埋もれていました。文字を残さなかったおかげで謎だらけのインカ文明ですが、スペイン軍から追われながらも当時の人々は文明を守るためにマチュピチュに続く道を消していったということです。 今でもまだ発掘されていないたくさんの遺跡が眠っているはずなのだとか…。歴史のロマンが溢れています。私たちの歩いたその道の途中に今でも残るいくつもの遺跡のひとつひとつが精巧に石が積まれ、祭壇や氷河の雪解け水を引いた水路があり、神を敬い、儀式を行いながら暮らしていた当時の様子が残っていました。 ロジャーの説明は情熱的で、まるでインカの語り部がアンデスの深い緑にいざなうような感覚です。時々霧がかかり、そっとやわらかく遺跡を覆う光景は神秘的でとても幻想的です。野生のリャマがゆっくりと草を食み、いったいいつから時が止まっていたのだろうと思われます。同じ景色をインカの人も見ていたのでしょうか。

プユパタマルカのキャンプにて



 トレッキングの最後に、これまでのどの遺跡よりも大きく美しいマチュピチュ遺跡の目前に立ったときには全員感無量でした。山の先端に張り付くようなマチュピチュ遺跡。翌日はゆっくりと遺跡を見学しながら、ワイナピチュ山にも登り、やさしい風に吹かれながら眼下にマチュピチュ遺跡を眺めました。羽ばたくコンドルの形をしているといわれるマチュピチュ遺跡。 どうしてこの場所を見つけ、彼らはここに神を身近に感じる生活の場を造ったのか…。

マチュピチュ遺跡をバックに

 古代に太平洋側で発達したナスカなどの海岸の文明、そしてアンデス山脈の奥地(ジャングル)で発展していった文明とその都市間の交易のために張り巡らされたインカ道。歩いて初めて知り、感じる、ペルーの奥深さです。リマのガイド・カルメンさんが言っていました、ペルーは「秘露」と書き、「秘密の道」と読みます。解明しようとしても届かない神秘と謎に包まれたインカ道。 だからこそわたしたちは魅了され、ロマンと想像への憧憬が止まりません。この旅の最後は、太平洋側を南下、同じく謎だらけのナスカの地上絵を上空から見て締めくくります。日本からの距離だけでなく、時空の距離においてもあまりにも遠い場所への贅沢な旅なのでした。(文と写真/上山仁美)2014.9.8~9.20